日本化学会

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部分酸化状態を有する純有機中性分子結晶の開発

Development of a Partially Oxidized Purely Organic Neutral Molecular Crystal

有機物質は一般に電気をほとんど流さない絶縁体であるが,(BEDT-TTF+0.52X1)に代表されるように中性(0価)と+1価の間の中途半端な酸化状態(=部分酸化状態)を有する分子性結晶は,金属的伝導性や超伝導性といった高伝導性を示すことから長年注目されている2)。さらに近年では,ディラック電子系や量子スピン液体状態の発見といった新たな展開も見られており3),部分酸化型の分子性結晶の開発ならびに物性研究は今もなお,固体化学/物理学分野における重要課題の1つとして認識されている。
このような背景の下,筆者らは,独自の分子設計により従来にない新しいタイプの部分酸化型分子性結晶の開発に成功した4)。すなわち,先述の(BEDT-TTF+0.52Xのような,部分酸化されたカチオン分子とその対アニオンから成る二成分系(電荷移動錯体)ではなく,これらの成分を共有結合で結び付けた単一の純有機中性分子で部分酸化状態を創り出すことに成功した(右上図)。対アニオン分子を含むイオン結晶でないことから,部分酸化骨格同士が結晶中で三次元的に高密度で近接・相互作用し,また,部分酸化骨格が分子内の2ヵ所に存在することで,分子内の電荷自由度も新たに生まれ,従来にない特異な電子構造,伝導性・磁性,相転移挙動が現れた。部分酸化型分子性結晶の新たな展開として興味深い。様々な化学修飾も可能であり,新たな電子相・物性の発現のみならず,従来の電荷移動錯体では困難であった溶液プロセスによる薄膜デバイス化などの展開も大いに期待できる。

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1) BEDT-TTF=ビス(エチレンジチオ)テトラチアフルバレン,X-=一価無機アニオン
2) G. Saito et al., Bull. Chem. Soc. Jpn. 2007, 80, 1.
3) M. Dressel et al., Adv. Phys. 2020, 69, 1.
4) T. Suemune et al., J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 21980.

上田 顕 熊本大学大学院先端科学研究部