環境中に排出されている膨大な熱エネルギーを利用するための新たな技術として,フレキシブル熱電変換素子の開発が注目されている。例えば,体温を微小な電力に変換することにより無線センサー用電源として利用することが期待されている。しかし,n型特性を示す熱電材料は,大気安定性や性能に課題があり,新物質の探索が不可欠な状況にある。
硫黄とニッケルを含有する有機金属型材料であるニッケル-エテンテトラチオラート(Ni-ETT)は大気安定なn型熱電材料として期待される有望な材料である。筆者らは,Ni-ETTに着目し,その合成条件を最適化することにより,Ni-ETTを水中に分散させる技術を確立した。エチレングリコールを添加する独自の環境調和型プロセスにより,大気安定な塗布膜として,それまでで最も高いn型熱電性能を達成した1)。さらなる高性能化を指向して,図1に示すように,チエノチオフェン骨格を導入したπ共役ニッケル錯体Ni-T2TTを合成した。Ni-T2TTとPDVF(ポリフッ化ビニリデン)を混合した分散液から容易に成膜でき,n型材料の塗布膜として世界最高レベルの電気伝導率(>200 S/cm)を達成することができた2)。これらの成果は,大気安定な塗布型導電性材料の研究指針となるものであり,熱電変換素子技術などへの貢献が期待できる。以上の研究成果を2023年8月末に行われたディビジョン勉強会において発表した。
1) M. Murata et al., J. Mater. Chem. A 2020, 8, 12319.
2) M. Murata et al., J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 18744.
村田理尚 大阪工業大学工学部応用化学科