自由空間における光は連続的なエネルギー状態をとるが,2枚の鏡に挟まれた共振器においては存在できる光学モードが離散的なエネルギー状態として規定される。共振器内部においても量子零点揺らぎに由来する真空場が存在し,仮想光子が光-物質相互作用を媒介する。そのため,外部からの光子が入射されない暗条件下においても光-物質の強結合状態が生じ,種々の分子物性が制御されることが近年提案されつつある1)。
筆者らは振動強結合状態における水の物性制御に着目し,研究を進めてきた。共振器長1 μmから10 μm程度の厚さで制御可能な共振器型電気化学セルを開発し,水分子の分子内OH伸縮振動が共振器の光学モード制御に結合して弱結合から超強結合の領域で制御可能であることを実験的に示した2)。さらには強結合下でのイオン伝導度に関して検討を行ったところ,10倍以上ものH+伝導度の向上,数倍程度の水和イオンの伝導度の向上を達成し,動的水和の変調に由来することを明らかとした3)。強結合によりイオン輸送の古典限界突破を達成した。
水和は生体から電気化学界面反応までの多くの物質系において重要な現象である。鏡で水を挟むことで,物理化学特性を制御し,強結合現象を利用した未踏物性探索が期待できる。
1) T. W. Ebbesen et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 16877.
2) T. Fukushima et al., J. Phys. Chem. C. 2021, 125, 25832.
3) a)T. Fukushima et al., J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 12177; b)T. Fukushima et al., Chem. Sci. 2023, 14, 11441.
福島知宏 北海道大学大学院理学研究院