錯体金属中心がアルキル鎖上を「移動する」現象であるチェーンウォーキング機構を利用した有機合成手法は,現在"State of the art"と称され,有機反応開発の最先端技術の1つとなっている。特に筆者らの研究グループから論文発表された2012年以降1),革新的な「遠隔官能基化法」として飛躍的な発展を遂げてきた。
筆者らは特に最近,触媒の金属中心が移動中に基質との解離を起こさない「非解離型」反応の開発を行ってきている。例えば,チェーンウォーキングを経る付加型環化反応では,ヒドロシラン2)やヒドロボラン3)と1,n-ジエンの反応において,離れた位置での連続的な金属-炭素結合と炭素-炭素結合を一挙に構築する遠隔二官能基化反応を実現している(式1)。また,ジボロンとの反応では,離れた3つの結合が連続的に構築される,ほかの手法では原理的に困難な反応が進行する(式2)4)。さらに,アリル位置換反応にチェーンウォーキング機構を組み込んだ「遠隔位置換反応」の開発にも成功している(式3)5)。
チェーンウォーキング機構の活用による反応開発は世界中で精力的に進められている6)。本アプローチによる遠隔官能基化反応は,既存の手法では困難な分子変換を短行程で効率的に実現することから,今後のさらなる発展が期待される。
1) T. Kochi et al., J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 16544.
2) T. Kochi et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 5261.
3) T. Kochi et al., J. Org. Chem. 2023, 88, 2621.
4) T. Kochi et al., J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 19275.
5) T. Kochi et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 24500.
6) I. Chatterjee et al., Chem. Commun. 2021, 57, 11110.
河内卓彌 慶應義塾大学理工学部化学科