読者は「将棋電王戦」を記憶されているだろうか。10数年前にプロ棋士とAIが鎬を削った将棋のイベントであり,これ以後将棋AIの地位は絶対的なものとなった。筆者はこの当時,AIの発達のみならず,自動代指しロボットをAIと組み合わせた「自律的」な差し回しにも驚嘆したものである。
物質・材料分野においても,AIとロボットによる「自律型」の研究スタイル,いわゆる「ロボット化学者」への関心が高まっている。従来の液体系に加え,特に固体材料への進展が目覚ましい。カナダではペロブスカイト太陽電池材料の自律探索が報告され1),英国では自走式ロボットによる光触媒材料探索が報告された2)。筆者らも二酸化チタンを対象として,無機薄膜材料では世界初となる自律探索を報告したれ3)。これらはすべて2020年の報告であり,自律化の潮流における特異点といえよう。
ロボット合成により,人間が立ち入れない極限環境での合成ルートが開拓できる。酸素や水を排除した不活性雰囲気,高圧・低圧,高温・低温など,合成条件の探索空間を飛躍的に拡張できる。また,X線照射環境を用いた元素分析や粒径分布解析などの「リアルタイムなその場観察」も可能であり,プロセスインフォマティクスへの展開も容易となる。
自律型研究は世界で急拡大している。英国では,民間企業と共同でMaterials Innovation Factory(予算:8100万ポンド)が創設され4),カナダでは,Self-driving Labsによる加速コンソーシアムが7年にわたる2億カナダドル/年の巨額な助成の下で設立された5)。米国でも,サイバー空間と接続された自律ラボによるLi電池材料探索の報告がなされた6)。新物質探索だけでなく,研究環境のプラットフォーム化についての覇権争いもすでに始まっている。
国内においても,JST未来社会創造事業「マテリアル探索空間拡張プラットフォームの構築」が進行中であり,文科省の2024年度戦略目標として「自律駆動による研究革新」も示された。自律駆動型の研究スタイルへの機運が高まっており,今後目が離せない。
これからの化学研究者に要求される能力は何であろうか。筆者は,ロボット化学者に任せる課題設定能力と考えている。入力・学習済の範囲では,ロボット化学者は人間を凌駕しうる。しかしながら,前提となる課題設定は,研究者が行うしかない。ロボット化学者との共生に向けた意識改革が迫られている。
1) B. P. MacLeod et al., Sci. Adv. 2020, 6, eaaz8867.
2) B. Burger et al., Nature 2020, 583, 237.
3) R. Shimizu et al., APL Mater. 2020, 8, 111110.
4) A. M. Rund et al., Chem. Sci. 2024, 15, 2456.
5) https://acceleration.utoronto.ca/
6) N. J. Szymanski et al., Nature 2023, 624, 86.
清水亮太 東京大学大学院理学系研究科化学専攻