ドナーとアクセプターが交互に積層した電荷移動錯体は,有機導体でありながら,通常は中性または高度にイオン化された状態にあり,電気伝導性が低いとされてきた。これは,電気伝導を担うキャリアが不足しているか,ほぼ局在化していることを示唆している。筆者らは,ドナー分子の最高被占分子軌道(HOMO)とアクセプター分子の最低空分子軌道(LUMO)の間で,エネルギー準位と電荷移動後の対称性がそれぞれ一致するドナー(ビス(3,4-エチレンジチオチオフェン))1, 2)とアクセプター(テトラフルオロテトラシアノキノジメタン)を組み合わせ,中性とイオン性との境界に位置する交互積層型錯体を開発した3)。驚くべきことに,この錯体は単結晶において,ドナーのHOMOとアクセプターのLUMOが混成して両者があたかも融合したかのような結晶軌道を示した。この錯体の室温での電気伝導度は0.10 S cm-1であり,常圧下で報告された単結晶1次元交互積層型錯体としては最も高い値であった。この錯体は,上記の特異な電子構造を反映して,電子の遍在状態と局在状態の間で構造的摂動が生じ,温度変化に伴って電気的,光学的,誘電的,磁気的性質が急激に変化するなど,特徴的な伝導特性を示した。さらに,これらの多彩な伝導特性に加え,合成の容易さ,量的供給のしやすさ,溶解性,安定性といった優れた材料特性も備えており,デバイス応用や固体電子物性の研究における新たな舞台としての展開が期待される。
1) R. Kameyama, T. Fujino, H. Mori et al., Chem. Eur. J. 2021, 27, 6696.
2) K. Onozuka, T. Fujino, H. Mori et al., J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 15152.
3) T. Fujino, H. Mori et al., Nat. Commun. 2024, 15, 3028.
藤野智子 東京大学物性研究所