遷移金属触媒を用いたC-H変換反応は,有機分子の直截的な合成法として注目を集めているが,サイト選択性を制御しつつ強固なC-H結合を切断することは困難である。これまでに様々な触媒系が開発されてきたが,サイト選択性を制御するためには多くの場合で基質分子への細工が必要であった。筆者らは,酵素触媒の鍵と鍵穴モデルから着想を得て,スピロビピリジン骨格を基盤とする「ルーフ配位子」を設計した。本配位子は,基質分子を特定の配向で認識する分子ポケットを形成し,遠隔立体相互作用によって選択性を制御できる。ルーフ配位子をイリジウム触媒と併せ用いることで,アルキルベンゼン,アニリン,フェノール誘導体などのメタ選択的ホウ素化および複雑な薬物分子の選択的官能基化を達成した1)。さらに,スピロビピリジン骨格自体に,アレーン基質との間のCH-π相互作用を通して,イリジウム触媒を用いたC-Hホウ素化反応を促進する効果があることを見いだした2)。この非共有結合性相互作用の関与は,理論計算および配位子速度論的同位体効果により支持されている。これらの結果は,スピロビピリジン分子が配位部位と認識部位の分離を可能にする剛直な3次元構造を有し,効率的かつ自在な反応制御を達成し得ることを示している。
以上の研究成果について,2024年夏に東京大学駒場Iキャンパスで開催された生産技術・製品開発ディビジョン勉強会で発表し,産学両方の参加者から様々な貴重な意見を頂戴した。
1) B. Ramadoss, Y. Jin, S. Asako, L. Ilies, Science 2022, 375, 658.
2) Y. Jin, B. Ramadoss, S. Asako, L. Ilies, Nat. Commun. 2024, 15, 2886.
イリエシュ ラウレアン 理化学研究所環境資源科学研究センター