海洋は大気中に放出された人為起源CO2の約1/4を吸収しているが,CO2溶解によって海水のpHの低下が引き起こされる(海洋酸性化)。最近の報告によれば,1982~2021年の40年間に全球平均でpHは0.066低下した1)。海洋酸性化が炭酸カルシウムの骨格や殻をもつ生物に及ぼす影響については早くから研究が行われてきたが,微生物がアンモニアを硝酸塩へと酸化する硝化速度が酸性化で低下するという報告2)を契機に,硝化過程で副生する一酸化二窒素(N2O)の生成速度の酸性化応答についての研究も始められた。N2OはCO2,メタンに次ぐ主要な温室効果気体であると同時に成層圏オゾン破壊物質でもあり,全球発生源の約20%を海洋が占めているからである。これまでに,北極海および南極海3),西部北太平洋4),東シナ海5)において,表層付近の海水のpHを調整して培養する模擬実験によりN2O生成速度の酸性化応答が調べられた。先述の硝化速度の酸性化による低下は,NH3とNH4+の存在度変化によるものであるとの説が出されていたが,N2Oの場合は逆に増加する事例が多く観測されており,硝化微生物の生化学反応速度がpHに依存するものと考えられる。海域による違いは栄養塩濃度や微生物群集組成を反映している可能性があり,海洋酸性化が間接的に地球温暖化やオゾン層破壊に及ぼす影響を明らかにするために,さらに詳しい研究が待たれる。
1) D. Ma, L. Gregor, N. Gruber, Global Biogeochem. Cycles 2023, 37, e2023GB007765.
2) J. M. Beman et al., Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 2011, 108, 208.
3) A. P. Rees et al., Deep-Sea. Res. 2016, 127, 93.
4) F. Breider et al., Nat. Climate Change 2019, 9, 954.
5) J. Zhou et al., Nat. Commun. 2023, 14, 1380.
豊田 栄 東京科学大学物質理工学院