近年,非天然の金属錯体とタンパク質を組み合わせた人工金属酵素や天然金属タンパク質を利用した非天然物質変換反応が活発に研究されている1)。タンパク質の反応場を活かした立体,位置,化学選択的な物質変換反応が展開されている。特に,ジアゾ酢酸エチルを活性化試薬とするシクロプロパン化反応が精力的に行われているが,最近,T. R. Wardらのグループはフェニルシランを活性化試薬とするケトン類の水素化やオレフィンのラジカル環化反応を報告している(図)2,3)。ケトン類の水素化では,最も単純な金属タンパク質の1つとして知られるミオグロビンを用いている。ミオグロビンはヘム(鉄ポルフィリン錯体)を有する酸素貯蔵タンパク質であるが,鉄ポルフィリノイドが有機溶媒中でフェニルシランと反応してラジカル性を持つ鉄ヒドリド錯体が形成される先行研究を基に,水中でのケトンの還元を達成している。変異導入による最適化により,非常に高いエナンチオ選択性と収率で立体障害の少ないシンプルなケトン(例えばブタノン)のアルコールへの還元を達成している。活性種が不安定なため直接的な同定には至っていないが,種々の実験から鉄ヒドリド種の関与を確認している。またコバルト錯体をビオチンを介してタンパク質(ストレプトアビジン)に固定化した人工金属酵素では,フェニルシランを活性化剤とするビシクロテルペノイド類縁体の合成において,立体化学制御を達成している。今後,金属タンパク質と多様な活性化試薬の組み合わせによる新たな物質変換反応のさらなる発展が期待される。
1) I. Morita et al., Curr. Opin. Chem. Biol. 2024, 81, 102508.
2) X. Zhang et al., Chem 2024, 10, 2577.
3) D. Chen et al., Nat. Chem. 2024, 16, 1656.
大洞光司 大阪大学大学院工学研究科