有機配位子で表面が保護された金クラスターは安定な無機ナノ物質群である。特に,形式的に0価の金を含むクラスターはその6s価電子が分子全体に非局在化した軌道に収容され,可視-近赤外領域にまたがる特徴的な光吸収特性を持つ。
チオラート(RS-)は金クラスターの安定化配位子として有用であり,数多くのクラスターの構造と性質の相関が調べられてきた。その中でも,棒状のような異方性構造を持つクラスターは色素様の顕著な光吸収ピークを持つため光機能性物質としての応用が期待されている。しかしながら,100個程度の原子が集合してできた金クラスターは表面積を最小とするような球形の構造が最安定になることが実験的に確かめられており1),これまでの合成研究の中で異方的な構造を持つクラスターが安定種として得られた例はほとんどない。
こういった現状の中,ごく最近,三角形型Au3ユニットが1次元に配列したコア構造を持つニードル型クラスターAu60(SR)44の単離と構造決定が報告された2)。図1にあるような細い針のような構造が安定種として得られたことも驚きだが,その近赤外光吸収ピーク(図1右)は約3×105 M-1 cm-1といった色素分子と比べても遜色ない吸光係数を持つため,近赤外光を利用したイメージングや光熱変換への応用が期待できる。30年近い歴史を持つチオラート保護金クラスターの研究において,いまだにこういった分子が新規に発見されることはナノの世界における限りない可能性の顕れである。
図1 (左)Au60S44フレームワークとAu32コアの構造。
赤は硫黄,黄色は金原子に対応。ABABA......はAu3ユニットの
配列を示す(長さ約2.7 nm)。
(右)Au60溶液の可視-近赤外光吸収スペクトル。
1) Y. Negishi et al., J. Am. Chem. Soc. 2015, 137, 1206.
2) L. Luo et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2024, 121, e2318537121.
髙野慎二郎 東京大学大学院理学系研究科