日本化学会

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ミュオンによる非破壊元素分析

Non-destructive Elemental Analysis Method using Muon

原子は正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子の束縛状態である。同じように,原子核や電子以外の荷電粒子も「原子」を作る。先端量子ビームの1つとして利用が進んでいる負ミュオン(ミューオン,ミュー粒子ともいう)と原子核の束縛状態を「ミュオン原子」と呼ぶ。ミュオンは電子の200倍の質量を持つため,「ミュオン原子軌道」の束縛エネルギーは電子と比べて200倍高く,その軌道間遷移に伴い対応する電子X線の200倍のエネルギーの「ミュオン特性X線」を放出する。
電子を用いる蛍光X線分析と同様に,ミュオン特性X線を使っても元素分析を行うことができる。ミュオンは重い荷電粒子のため,物質に打ち込むエネルギーを制御すれば物質のある特定の位置(深さ)に止めることができる。ミュオン特性X線は透過力が高いために,物質内部の軽元素からのものであっても吸収されずに観測可能である。すなわち,ミュオン元素分析法は,非破壊,多元素同時,3次元分析が可能な極めてユニークな手法である。
現在,日本の大強度陽子加速器施設(J-PARC:茨城県東海村),大阪大学核物理研究センター(RCNP-MuSIC:大阪府茨木市)をはじめとする世界4ヵ所のミュオン施設において,この分析法の開発と応用研究が進められている。非破壊での分析が求められる貴重な試料,例えば,幕末の医師,緒方洪庵が遺した開封不能薬瓶の内容物の分析1),小惑星リュウグウのC, N, Oのバルク分析2),ローマ時代の青銅製遺物の分析3)などが行われている。

chem78-07-02.jpg 図 緒方洪庵の遺した薬瓶の分析結果。開封せず内容物をHg2Cl2と同定1)


1) K. Shimada-Takaura et al., J. Nat. Med. 2021, 75, 532.
2) T. Nakamura et al., Science 2022, 379, eabn8671.
3) S. Biswas et al., Herit. Sci. 2023, 11, 43.

二宮和彦  広島大学自然科学研究支援開発センター