計算科学や人工知能の進展により,化学分野の研究手法や物質探索が大きく変化し,新規化合物探索では数百万の候補が予測されている1)。しかし,計算による予測が実験で合成可能かどうかは十分に検証されておらず,計算科学の知見を実験的に具現化し,物質合成へ結び付けることが重要な課題となっている。
筆者らは,大規模計算で得られたエネルギー情報を用いて新規多元系塩化物のスクリーニングを行い,加熱放射光X線回折(XRD)を活用して新規化合物の合成を実証した(図1)2)。計算で安定性が予測され,無機結晶構造データベース(ICSD)に登録されていない13種類のセシウム四元系化合物の合成を検討した結果,空間群や格子定数のみが報告されているものや3),構造データベースに未登録のものが含まれていることがわかった4)。また,出発原料を加熱中に放射光XRD測定を行うことで,Cs2LiCrCl6,Cs2LiRuCl6,Cs2LiIrCl6の合成に成功した。
合成されたCs2LiCrCl6のXRDのピーク位置は計算で示されたピーク位置に一致し,計算予測の妥当性を支持する結果となった。一方で,放射光XRDと中性子回折の回折強度の解析により,計算で最も安定と予測されたLiとCrが完全に秩序化した構造が予測されたが,実験では部分的に秩序化し,もとの格子より大きな周期を持つ超格子構造を形成することが判明した。さらに,電子顕微鏡観察では多数の積層欠陥が確認された。本研究は,大規模計算と実験を組み合わせた新規物質探索の先駆的事例であり,今後の物質探索指針を示するものとなってる。
1)N. Szymanski et al., Nature 2023, 624, 86.
2)A. Miura, J. Am. Chem. Soc. 2024, 134, 29637.
3)a)G. Meyer et al., Nat. Chem. 1978;
b)G. Meyer et al., Z. Anorg. Allg. Chem. 1978, 445(1), 147.
4)K. Watanabe et al., Phy. Rev. B 2021, 103, 064419.
三浦 章 北海道大学工学部