温度やフリーラジカルといった細胞内の物理化学量は細胞生物学的プロセスに密接に関わり,当該量のセンシングは細胞生物学や診断技術を革新する可能性がある。上記センシングのアプローチの1つは,量子センサとして機能する蛍光ナノダイヤモンド(FND)の活用である1)。FNDの最大の特徴は,周囲環境の物理化学量に対する優れた応答性を有し,その応答を光学的に読み出し可能というところにある。さらに,光・化学安定性とナノサイズ,細胞親和性も兼ね備えるため,細胞内に導入したFNDにより長期的な量子バイオセンシングを展開可能である。
FNDの活用例として,神経細胞内に導入したFNDを用いた温度センシングにより,神経活動に伴い細胞内温度が上昇することが明らかにされている2)。ほかにも,FNDによるフリーラジカルのセンシングにより,細胞の化学的な感受性と細胞内フリーラジカルの量に相関関係があることが見いだされている3)。近年では,流体の制御が可能な微細流路を有するマイクロ流体内で,FNDによる量子バイオセンシングを実施するという試みもなされている。その一例は,流体的なストレスを細胞に加えながら,FNDによるフリーラジカルをセンシングするというものである4)。静的条件下と比較して,流体的なストレスを加えられた細胞では,細胞内で生じるフリーラジカル量が増加することが明らかにされている。
以上のように,FNDによる量子バイオセンシングは目覚ましい発展を遂げており,さらなる生物学的な知見創出や革新的な診断技術の実現が強く期待される。
1)T. Shimada et al., Trends Anal. Chem. 2024, 171, 117496.
2)Y. Zhang et al., Nano Lett. 2024, 24, 9650.
3)G. Petrini et al., Adv. Sci. 2022, 9, e2202014.
4)R. Sharmin et al., ACS Sens. 2021, 6, 4349.
嶋田泰佑 量子科学技術研究開発機構(QST)