地球上の代表的な一次生産者である光合成生物は,その生息環境により,種類や量が増減する。この性質から,堆積岩中の光合成生物由来の生体分子を分析することで,その起源生物の生息環境の特徴から,過去の地球環境を推定できる。実際に,嫌気環境でのみ生息可能な緑色硫黄細菌が有する光合成色素イソレニエラテンの分解産物は,生物の大量絶滅が起きたペルム紀-三畳紀境界の堆積岩から検出されており,当時の海洋環境が無酸素であったことを示している1)。しかしイソレニエラテンの分解産物は,地熱による熱分解を受けるため,古い時代の堆積岩には適用できない場合があった。
筆者らは,海洋表層の酸化還元状態を評価する指標として,クロロフィル由来物質の分析に基づく酸化還元指標を提案した2)。環境中のクロロフィルは,堆積後,ポルフィリンへと変換される3)。一方,地積岩中のポルフィリンの大部分は,不溶性の高分子物質に結合しているため,直接分析ができない。筆者らは,堆積岩をクロム酸酸化することで,ポルフィリンをピロール骨格として抽出し,分析する手法を確立した。さらに,ピロールの側鎖構造の特徴から,全クロロフィルに対する緑色硫黄細菌固有のバクテリオクロロフィルの比を推定し,古海洋表層の酸化還元指標として提案した(図)。
太平洋や大西洋のような広域的かつ数万年スケールの長期間で起きた無酸素イベントは,生物の大量絶滅や石油根源岩の形成とも関連する。クロロフィル組成に基づく古海洋表層の酸化還元指標は,過去に地球規模で起きた環境変動の解明につながることが期待される。
1)K. Grice et al., Science 2005, 307, 706.
2)K. Asahina et al., RSC Adv. 2022, 12, 31067
3)A. Treibs, Angew. Chem. 1936, 49, 682.
朝比奈健太 産業技術総合研究所