調和的な量子性を示す光誘起量子コヒーレンスが生命現象を含む様々な凝縮系で見いだされ,「第二次量子革命」を契機とする分子性スピントロニクスへの展開に大きな期待が寄せられる。一光子励起で三重項励起子2つを生成する一重項分裂(SF:図1A)1, 2)や,2つの三重項励起子から短波長発光を示す一重項励起子を生成する三重項-三重項消滅アップコンバージョン(TTA-UC:図1B)3)などの中間状態において励起子ペアのスピン多重度変化が高効率化の鍵を握る。凝縮系における分子集合体構造や連結分子発色団の立体効果と異方的分子振動を活用することで,五重項や四重項,量子重ね合わせ状態などの量子ビットが光エネルギー変換を起こす様子を,中間体の磁気的相互作用から生じた電子スピン遷移をナノ秒領域で直接観測できる時間分解電子スピン共鳴法や蛍光検出磁気共鳴法で調べることが可能になってきた(図1)1~4)。
このような量子技術の進展を踏まえると,今後は分子振動や分子集合体のフォノンを巧みに設計・制御して利用する光エネルギー変換デバイス開発が進み,人体に害のない近赤外光を利用する光線力学的ながん治療やその細胞内部のミクロな流体環境センシングへの応用,MRI計測の高感度化など幅広い分野への展開が期待される。
1) S. Matsuda et al., Chem. Sci. 2020, 11, 2934.
2) T. Hasobe et al., ACS Energy Lett. 2022, 7, 390.
3) K. Higashi et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2025. doi: 10.1002/anie.202503846
4) Y. Kobori et al., J. Chem. Phys. 2025, 162, 054505.
小堀康博 神戸大学分子フォトサイエンス研究センター