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核酸の非標準構造を標的とした神経変性疾患治療の可能性

Therapeutic Strategies Targeting Non-Canonical Nucleic Acid Structures for Neurodegenerative Diseases

細胞内は生体高分子で混み合う分子クラウディング環境であり,核酸は四重らせん構造などの非標準構造を安定に形成して機能する。細胞内環境は細胞種や場所,時間で変化するため,疾患細胞での核酸構造形成と機能制御が注目されている1)
C9orf72の非コード領域におけるG4C2リピート配列の伸長は,筋萎縮性側索硬化症(ALS)や前頭側頭型認知症(FTD)などの神経変性疾患の遺伝的原因である。リピート配列から転写されたRNAは,グアニン四重らせん構造(RNA G4)を形成し,ペプチドとともに集積し,神経変性疾患の発症や進行に関連する。これまでに分子クラウディング環境や誘電率の低下がRNA G4の安定化と凝集促進に寄与することが示されている2)。筆者らはこの凝集促進環境を用いたスクリーニングを行い,179種の化合物から凝集抑制効果を持つ4化合物を同定した3)。物理化学解析と分子動力学シミュレーションによりヒット化合物はRNA G4のグアニン平面やループ部分に結合し,RNA G4間のスタッキング相互作用を阻害することにより,RNA凝集体の形成を抑制していることが示唆された(図)。さらに,これらのヒット化合物は細胞内に人工的に形成させたG4C2リピートRNAとGRリピートペプチドによる凝集体の形成抑制にも効果的であった。本研究で得られた知見はRNAリピートが引き起こす神経変性疾患の治療法の確立に繋がるものと期待できる。

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    1)    S. Matsumoto et al., Top. Curr. Chem. 2021, 379, 17.
    2)    H. Tateishi-Karimata et al., Biochemistry 2020, 59, 1961.
    3)    S. Matsumoto et al., Small Methods 2025, 9, 2401630.

松本 咲   甲南大学(現所属 キリンホールディングス株式会社)