脳内でのシナプスを介した情報伝達の調整機構の1つに,分泌性プロテアーゼによる神経細胞近傍の細胞外マトリックスの分解がある。しかし,実際に活動している脳内のいつ・どこで・どういった種が活性なのかの詳細は明らかになっていない。
筆者らは,脳内において重要な役割を果たすプロテアーゼMMP-9に対する蛍光センサーを,天然に存在する神経伝達物質受容体上で構築し,生きたマウス脳内での活性イメージングに初めて成功した1)。具体的には,筆者らがこれまでに開発してきた脳内で特定受容体を修飾する有機化学(脳内リガンド指向性化学)2)と,高速クリック反応を組み合わせて用いることで,興奮性シナプスに局在するグルタミン酸受容体上にMMP-9に応答する蛍光センサーを化学合成した。これにより,特定受容体近傍のMMP-9活性を,脳内での空間情報を保ったまま高分解能で検出できた。この方法では,脳の活動に依存したプロテアーゼ活性の変化も検出可能になるため,シナプス伝達におけるプロテアーゼ活性の役割解明に向けた有用な方法論と期待される。
今後,MMP-9のみならず様々な生体活性種に対するセンサーの拡張や,化学修飾の基体となる受容体の拡張を行うことで,脳機能を分子レベルで解析するための有用な研究ツールとなることが期待できる。また,本研究では脳内での化学反応に適した反応剤の設計指針も得られており,「脳内有機合成化学」とも言える新しい研究フィールドを切り拓いていく上での重要な成果でもあると考えている。
1) S. Sakamoto et al., Nat. Synth. 2025. doi:10.1038/s44160-025-00815-6
2) H. Nonaka et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 2024, 121, e2313887121.
野中 洋 京都大学大学院工学研究科