フォトン・アップコンバージョンとは長波長の低エネルギー光から短波長への高エネルギー光に変換する現象であり,特に三重項-三重項消滅機構に基づくアップコンバージョン(TTA-UC)は太陽光などの弱い強度の励起光を活用可能である。近年の研究において近赤外光から可視光へのTTA-UCが可能となってきており,中でも筆者らは重金属を用いずに近赤外光を可視光に変換する色素の開発に成功し,TTA-UCによるin vivoオプトジェネティクスを初めて実証した1)。また,太陽光や室内光のような弱い可視光を紫外光へと変換できる新たな色素系の開発にも成功した2)。今後は光が関わる様々な分野でのTTA-UCの実用化に向けて研究開発が進むことが期待される。
 第二次量子革命が巻き起こる中,これからの量子の時代に化学者は何をすべきだろうか? 筆者らはこの答えを量子と生命の接点に見いだそうとしている。量子技術はクリーンでドライな環境で機能するものが多く,夾雑でウエットな生命現象に適用することが容易ではない。化学の力でこのギャップを埋める,つまり「量子と生命を化学でつなぐ」ことが可能ではないかと考える。これは化学が活躍する場を広げる試みと捉えることもでき,この量子と生命の境界において活躍する化学を「量子生命化学」と呼びたい。本稿では誌面の都合上詳述できないが,具体的には光照射によりNMRやMRIの感度を向上させる超核偏極材料や,分子性色素を量子ビットとして用いたケミカル量子センシングや細胞中での絶対温度センシングについて取り組んでいる3, 4)。
    1)    M. Uji et al., Adv. Mater. 2024, 36, 2405509.
    2)    M. Uji et al., Angew. Chem., Int. Ed. 2023, 62, e202301506.
    3)    A. Yamauchi et al., Nat. Commun. 2024, 15, 7622.
    4)    H. Ishiwata et al., ChemRxiv. doi:10.26434/chemrxiv-2025-k7db1-v2
楊井伸浩  東京大学大学院理学系研究科化学専攻