日本化学会

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企業と大学の有機合成

Organic Synthesis in Industry and Academia

秋のディビジョン講演会にて,「企業と大学の有機合成」というタイトルで,企業経験を持つ大学研究者として講演の機会をいただきました。本講演では,自身のキャリアの紆余曲折を交えながら,企業と大学における有機合成研究の違いや,研究者としての心構えについてお話ししました。
 企業と大学では,有機合成研究における目的や価値観が大きく異なります。企業の研究は,「企業および公共の利益」を追求することが最大の目的です。この目標に基づき,企業の研究は主に2つの領域に分かれます。1つは「探索研究」で,市場価値のある新規物質を見つけるために,短期間で多くの化合物を迅速に合成・評価することが求められます。もう1つは「プロセス開発」で,既存あるいは新規の物質を,より経済的かつ安全に製造するための製法を開発する研究です。
一方,大学の研究で重視されるのは「オリジナリティー」です。大学では,「こんな反応があったらいいな」といった発想を出発点に,過去の報告がなぜ存在しないのかを考察しながら,それを自らの手で実現するための「コンセプト」重視の研究が展開されます。また,偶然の発見,すなわち「セレンディピティー」も重要な要素です。これは人間の予測から外れた現象であり,実験を通じて自らの手で見いだすことによって,「オリジナリティー」の高い研究が生まれます。
このように,企業と大学では研究の目的や進め方は大きく異なりますが,それぞれに固有の魅力があります。重要なのは,どの道を選ぶにしても,その背景にある目的と価値観を理解し,自分に合った場で活躍の道を見つけることです。そして何より大切なのは,「興味を持ち続ける」こと。興味を持ち続け努力を重ねれば,研究開発には必ずや面白くやりがいのある展開が待っています。また,学生さんへのメッセージとして,進路変更に伴う苦しみや不安は一時的なものであり,最終的には「時間」が多くを解決してくれることもお話ししました。筆者の講演が,迷いや葛藤の中にいる学生の皆さんにとって,少しでも励みになれば幸いです。

田中 健   東京科学大学物質理工学院応用化学系