企業での研究経験のある大学人として経験談を紹介して下さいと声をかけていただき,四半世紀を振り返って企業と大学での研究開発を紹介する機会を得た。筆者自身は,ちょうど,世界的にも"中央研究所時代の終焉"(企業での基礎研究を縮小し研究開発活動を事業密着型に変えていった時代)といわれた時期(ちょうど昭和から平成になった頃)に,住友化学株式会社に10年近く在籍し,精密化学製品あるいは医薬関連製品のプロセス研究とスクリーニング研究に携わった。当時は日本の代表的な工業製品のシェアが世界的にも大きい時代で,電機産業と化学産業が並走して新製品開発した記憶がある。当時,日本の化学を企業の立場から先導した何人かの方を思い出しながら,若い世代の方に少しだけでもその記憶を伝える機会になれば,と個人的な経験を紹介した。当時の同僚の何人かはアカデミアで活躍されているが,日本の化学産業が活発なことは大学の化学系分野の教育・研究の層が厚いことと相乗的な結果であるだろうと思われ,このような日本の強みが今後も発展していくことを祈っている。
一方,会社時代に行った社内外の多くの共同研究,化合物合成やスクリーニングおよび他分野とのコミュニケーションの経験は,その後,個人的に大学での学際研究を進めていく際にも大いに役立ったように思う。現在は大学で,化学と生物・医学(免疫学)との学際領域で研究を進めているが,企業あるいは海外(アメリカ)の大学での積極的な共同研究の経験が影響しているようにも思っている。最近の慶應義塾大学での研究についても少し紹介した。
今回,個人的な転職をどういう考え方で捉えるか,どういう考えで各々の分岐点での選択を行ったかということを振り返るとともに,日本の産業とアカデミアの関係や,時代の変化をあらためて考える機会にもなったが,それらを講演に参加の皆様と共有するとともにディスカッションの機会を得たことに感謝している。
藤本ゆかり 慶應義塾大学理工学部