天然物はその構造の複雑性のため,しばしば複数の生体分子と相互作用することで特異な活性を発現する。そのため,単一の標的分子だけではその作用機序の全体像を説明しきれないケースが多い。筆者らはこれまでに,深海海綿由来の天然物ヤクアミドBが,ミトコンドリアのFoF1-ATP合成酵素に結合し,ATP合成を阻害することを報告してきた1)。しかし,この作用だけでは本化合物のユニークな抗がん活性を十分に説明できていなかった。今回筆者らは,光親和性標識(PAL)プローブを用いた手法により,新たな標的として細胞膜タンパク質CD9を同定した2)。さらに,ヤクアミドBはCD9と一過的に結合してその分解を誘導し,がん細胞の増殖と遊走を阻害するという二重の抗腫瘍作用を有することを明らかにした。CD9は,がんの再発や転移に関与するがん幹細胞の重要なマーカーとして知られる3)。ヤクアミドBは,CD9の分解を促す世界初の天然物であり,新たな創薬アプローチの可能性を切り拓くものである。本成果は,天然物の多面的な相互作用が,複数の標的が司る複雑な細胞機能を同時に制御できることを示唆している。こうしたマルチターゲット特性は,次世代天然物創薬の出発点となるものであり,さらなる発展が期待される。
1)K. Kitamura et al., J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 12189.
2)J. Fu et al., J. Am. Chem. Soc. 2026, 148, 2985.
3)V. M.-Y. Wang et al., Nat. Cell Biol. 2019, 21, 1425.
櫻井香里 東京農工大学大学院工学研究院