有機物は柔らかく,無機物は硬いというイメージは,化学者に広く共有されているであろう。しかし近年,無機物においても,構造が柔軟に変化し,時間的にゆらぐ物質群への関心が高まりつつある。こうした背景の下,その動態を直接観測可能な計測手法として,透過電子顕微鏡法(TEM)が急速に発展している。
筆者らは,真空下におけるAl2O3の核生成過程を観察し,直径3 nmにも満たない微小な結晶核前駆体が,時間とともに大きく構造を変化させながら転換することを見いだした(図)。すなわち,結晶-結晶間,さらには結晶-非晶質間を行き来するような構造ゆらぎを伴いながら,結晶核前駆体が非決定論的に変換する様子を初めて定量的に捉えた。時間分解能は3 msに迫り,これにより無機クラスターの高速な構造ダイナミクスを直接追跡可能となった1)。また同時期には,COガス雰囲気下におけるCeO2担持Pt触媒の構造変化も報告されている2)。一般に,ガス雰囲気下かつ低電子線照射条件では,高分解能TEM像の取得は困難である。しかし当該論文では,教師なし深層学習を利用したノイズ除去法の導入により,10 msスケールでの触媒表面での原子拡散・構造動態を議論することに成功した。
新たな構造情報へのアクセスは,物質科学の裾野を大きく広げるものである。無機物質においても,多様な構造ゆらぎが存在することが明らかになりつつあり,今後は,こうした動態と物性との相関理解が重要な課題になると考えられる。さらに近年では,アモルファス物質に対しても,電子線トモグラフィーを活用した3次元構造解析が進展しており,非周期系における局所構造の理解に向けて,今後さらなる発展が期待される3)。
1) M. Sakakibara et al., Science 2025, 387, 522.
2) P. A. Crozier et al., Science 2025, 387, 949.
3) Y. Liao et al., Nature 2026, 649, 1123.
中室貴幸 広島大学持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所