イリジウムは,コバルトやロジウムと同じ9族の遷移金属元素である。1990年代半ば頃まで,イリジウムは安定な錯体を形成するため触媒としては機能しにくい,と考えられていた。Vaska錯体の研究からそのような認識がなされていたと推察され,実際にCrabtree触媒による四置換アルケンの水素化や,イミンの効率的水素化に特徴が垣間見えていたものの,イリジウムを触媒に用いる有機合成は未開の領域であったといえる。しかしながら,分岐型生成物を選択的に与えるアリル位置換反応や,ベンゼン化合物のC(sp2)-H直接ホウ素化反応が1990年代後半から2000年代前半にかけて登場して以降,イリジウムは特徴ある分子変換触媒としての輝きを放つようになる。
筆者らの研究グループでは,イリジウム錯体の優れたC(sp3)-H結合活性化能力に着目した触媒的合成反応のデザイン・創出に取り組んでいる。これまでにアルキル基C(sp3)-H結合の直接ホウ素化反応やエナンチオ選択的分子内C(sp3)-H付加反応,C(sp3)-H/C(sp3)-H酸化的カップリングの開発に成功した1)。最近ではC(sp3)-H/O-H酸化的カップリングに研究を展開している2)。分子変換概念を刷新するイリジウム触媒の化学に,ぜひご注目いただきたい!
1) T. Torigoe, A. Kon, K. Mine, Y. Kuninobu, T. Ohmura, Angew. Chem., Int. Ed. 2025, 64, e202515538.
2) C. Maruya, K. Yagi, T. Torigoe, T. Ohmura, ACS Catal. 2025, 15, 18255.
大村智通 京都工芸繊維大学分子化学系