生体組織内のグルタチオン(GSH)など反応性代謝物の空間分布解析は,酸化ストレスや薬剤性肝障害の病態理解に直結する。しかし質量分析イメージング(MSI)では不安定な低分子チオールの検出が難しく,装置・時間負担も大きい。
それらの課題解決に向け,筆者らは,組織切片の空間情報をプレート上に保持したまま化学的捕捉と展開分離を両立できる薄層クロマトグラフィー(TLC)に着目し,TLCトレース法を開発した1, 2)。光開裂性リンカーでピレンとマレイミドを連結した蛍光ラベル化剤tFLATを塗布したTLCに凍結肝切片を貼付すると,組織内チオール代謝物(主にGSH)と反応し高極性付加体を生成する。展開で未反応ラベル化剤を分離した後,紫外光照射で回復するピレン蛍光から肝組織のGSH分布を可視化した1)。さらなる多重検出への展開を指向し,検出原理を蛍光からラマン分光へと拡張した2)。ラマン信号は蛍光に比べてピーク幅が狭く,サイレント領域を介して複数分子を独立に検出できる。マレイミド-アルキン型Mal-Aceとフェナントロリン-ベンゾニトリル型Phen-CNをともにTLCに塗布することで,組織内に含まれるGSHと2価の鉄イオン(Fe2+)をサイレント領域の直交シグナルとして同一切片上で同時検出した。アセトアミノフェン誘発肝障害モデルにおいて,フェロトーシスに特徴的なGSHの有意な減少とFe2+の上昇傾向が確認された。本TLCトレース基盤はプローブ設計と計測技術により拡張可能であり,従来の質量分析イメージング手法では解析困難な代謝物の組織内分布解析に新展開を拓くと期待される。
1) T. Nishihara et al., RSC Adv. 2025, 15, 26302.
2) T. Nishihara et al., ACS Sens. 2025, 10, 8262.
西原達哉 青山学院大学理工学部