プロトン(H+)は,水分子間でプロトンが次々と受け渡されるGrotthuss機構を介して水中を極めて高速に移動する特異なイオンである。この高速移動はプロトンの水和構造と密接に関連している1)。バルク水中では,プロトンは周囲の水分子と強く相互作用し,Eigen型(H9O4+)とZundel型(H5O2+)と呼ばれる2つの極限的な水和構造の間を絶えず揺らぎながら存在することが知られている。一方,水界面のような水素結合ネットワークが途切れる環境において,過剰プロトンがどのような水和構造を形成するのかは,長い間未解明であった。
最近の研究において,界面を選択的に測定可能なヘテロダイン検出振動和周波発生分光法と第一原理分子動力学シミュレーションを組み合わせ,0~9 Mという広範な濃度範囲で塩酸水溶液の空気/水界面を解析することで,水界面での過剰プロトンの水和構造が分子レベルで明らかとなった2)。界面プロトンは,低濃度ではEigen型構造を優先的に形成するのに対し,高濃度ではEigen型とZundel型の間を動的に揺らぐ構造(Eigen-Zundel-Eigen構造)へと移行する。すなわち,水界面におけるプロトン構造は一定ではなく,酸濃度に応じて変化することが初めて示された。このような濃度依存の構造変化は,バルクでは見られない界面特有の現象である。
この研究で明らかとなった界面特有のプロトン水和構造は,大気エアロゾルや燃料電池,光触媒など様々な分野で重要な水界面におけるプロトン移動とも密接に関連していると考えられる。そのため,未解明な点が多く残されている界面プロトン移動機構の理解に向けた重要な一歩となる成果である。
1) D. Marx et al., Nature 1999, 397, 601.
2) M. Ahmed et al., J. Am. Chem. Soc. 2026, 148, 29009.
井上賢一 千葉大学大学院工学研究院