(2016.2.26)
化学用語検討小委員会
公益社団法人日本化学会は教育現場である高等学校の化学で改善が求められ、しかも疑義を感じる用語について、もっとも適切な用語をまとめ、「高等学校化学で用いる用語に関する提案」をまとめましたので、ご報告申し上げます。
【概要】
教育・普及部門学校教育委員会に化学用語検討小委員会(委員長・渡辺正東京理科大学教授)を設置し、昨年3月、学校教育現場で問題となっている化学用語15語(高等学校化学基礎に収載されている語)について、「現状」「提案」「理由・背景」を記した「高等学校化学で用いる用語に関する提案(1)」をまとめ、公表致しました。
今回、主に高等学校「化学」に収載されている用語9、表現法1、法則名1の11の用語・表現法・法則名について、検討し、「高等学校化学で用いる用語に関する提案(2)」をまとめました。
学習者に過度な負担をかけずに教育効果が上がるよう①本来の意味が十分に伝わるか②大学で行われる教育・研究との整合性がよいか③国境なき自然科学の一教科として,国際慣行に合致するか、の3点を考慮致しました。
今後、高等学校化学教科書を刊行している教科書会社各社に反映していただけるよう協力を求めますとともに、機関誌「化学と工業」誌、「化学と教育」誌、ホームページなどに掲載し、周知を図る計画です。
報道各社におかれましても、問題の存在と提案を広く広報していただくとともに、報道、編集にあたって、ご配慮いただきたくお願い申し上げます。 日本化学会では弊会の提案が中高校化学教育の改善につながるよう願っております。
【経緯】
「化学と教育」誌論文に掲載された「昇華」の逆反応についての賛否両論が出ました。
これを契機に現在、中学校、高等学校で使用されている教科書に記載されている用語について調べたところ、疑義のある用語が多く、教育現場で問題となっておりました。この解決に日本化学会が「何をなすべきか」について文部科学省などとの協議、議論した結果、問題となっている用語について公式見解をまとめる必要があるとの判断に至りました。
このため日本化学会では化学用語検討小委員会を設置し、教科書会社へのアンケートなどで検討すべき用語を抽出し、パブリックコメントなどで広く意見を伺い、「化学基礎」に収載されている用語について「提案(1)」、「化学」に収載されている用語・表現法・法則名について「提案(2)」としてまとめたものです。
【提案内容】 ※本文・アンケート集計結果はhttps://event.csj.jp/form/yogo2/
分類 | 官能基(結合) | 化合物の例*** |
アルコール | ヒドロキシ基 -OH | CH3OH |
フェノール類 | C6H5OH | |
エーテル | (エーテル結合)-O- | CH3OCH3 |
アルデヒド* | ホルミル基 -CH=O | CH3CHO |
ケトン | カルボニル基** >C=O | CH3COCH3 |
カルボン酸* | カルボキシ基 -COOH | CH3COOH |
エステル* | (エステル結合)-COO- | CH3COOCH3 |
ニトロ化合物 | ニトロ基 -NO2 | C6H5NO2 |
スルホン酸 | スルホ基 -SO3H | C6H5SO3H |
アミン | アミノ基 -NH2 | C6H5NH2 |
* 官能基のC原子と結合するのはC原子でもH原子でもよい(他の分で官能基と結合するのはC原子に限る)。
** アルデヒドやカルボン酸、エステルの>C=O部分もカルボニル基に含めることがある。
*** 一例を挙げたが,本小委員会が掲載を推奨するものではない。
2.活性化状態(英語activated state)
【現状】遷移状態を表すのに,日本の高校教科書だけで使われている。
【案】「遷移状態(transition state)」に変更する。
【理由・背景】化学には「活性化された状態」が多いため,一般社会でも専門家コミュニティでも誤解を招きやすい。大学で「遷移状態」を教わるとき,ほかの「活性化された状態」も「遷移状態」の類だと誤解しかねない。反応論の前に学んだ「遷移元素」と混同しないよう,教員が適切に補足すればよい。
【補足】化学反応は,十分なエネルギー(「活性化エネルギー」に相当する)を得て遷移状態(反応物から生成物へ「移(遷)れる状態」)に達する...という説明になる。
3.幾何異性体(英語geometric isomers)
【現状】「幾何異性体」と「シス-トランス異性体」が(通常は両者の関係を説明しつつ)混在している。
【案】「シス-トランス異性体(英語cis-trans isomers)」に一本化する。ただし,「シス-トランス異性体(幾何異性体)」のようにカッコ書きで併記してもよい。
【理由・背景】高校化学の「幾何異性体」はシス-トランス異性体に限られる。
4.ケトン基(英語ketone group)
【現状】一部の高校教科書が,>C=Oを「ケトン基」と呼んでいる(正しく「カルボニル基」と書いた教科書は多い)。
【案】>C=Oは「カルボニル基(carbonyl group)」とする。「ケトン基」は使わない。
【理由・背景】IUPAC命名法(日本化学会命名法専門委員会『化合物命名法』,東京化学同人,2011年)が「カルボニル基」としているため,それに合わせるのがよい。(1.アルデヒド基 の項も参照)。
5.光学異性体(英語optical isomer)
【現状】多くの高校教科書には,「光学異性体」と「鏡像異性体」が(通常は両者の関係を説明しつつ)混在している。
【案】「鏡像異性体」に一本化する。
【理由・背景】「光学異性体」は,立体化学の概念が固まる前,「光学的性質の差」に注目して生まれた用語だといえる。IUPACはGold Bookでoptical isomerを「時代遅れの用語」とし,使わないよう強く勧告している。
6.沸点上昇度・凝固点降下度(英語boiling-point elevation,freezing-point depression)
【現状】高校教科書の多くでは,現象を「沸点上昇」,ΔTbを「沸点上昇度」と区別する。
【案】「沸点上昇」,「凝固点降下」に統一する。
【理由・背景】両者を用語的に区別した英語圏の教科書は見当たらない。
7.両性元素(英語amphoteric element)
【現状】高校でほぼ例外なく使われる。
【案】「両性」は,両性を示す物質群の修飾語として使う。(例:両性金属,両性酸化物)
【理由・背景】「両性」は物質の性質を表すため,「元素」と組み合わせるのは論理的におかしい。英語amphoteric elementの"element"は単体を指す("元素"と訳すのは誤り)。両性を示す単体(亜鉛,スズ,鉛,アルミニウム等)はどれも金属だから,用法として「両性金属」は正しい。
化学用語検討小委員会
委 員 長 渡辺 正(東京理科大学)
副委員長 下井 守(東京大学)
委 員 伊藤 眞人(創価大学)
井上 正之(東京理科大学)
歌川 晶子(多摩大学附属聖ヶ丘高等学校)
小坂田耕太郎(東京工業大学)
梶山 正明(筑波大学附属駒場中・高等学校)
柄山 正樹(東洋大学)
下井 守(東京大学名誉教授)
杉村 秀幸(青山学院大学)
西原 寛(東京大学)
渡部 智博(立教新座中学高等学校)
オブザーバー
後藤 顕一(国立教育政策研究所)