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高等学校化学で用いる用語に関する提案(2)および(3)への教科書の対応:「化学」の追跡調査

化学用語検討小委員会

【概要】
本小委員会は,主に高等学校教科書と大学入試で使われてきた用語等のうち,用法に疑問を感じるものについて検討し,その「望ましい姿」を提案してきました。
2015年~2017年には,高等学校「化学基礎」および「化学」の範囲の用語等についての提案(以下「提案」と記す)を,本会からの提案として機関誌(「化学と工業」,「化学と教育」)に3回に分けて公開しました1~3)。そして,各教科書が改訂された際に,提案が改訂版にどの程度反映されているかを追跡した4,5)
その後,2018年に告示された学習指導要領6)に準拠した教科書が2022年度から順次使われ始めたことから,昨年度の「化学基礎」7)に引き続いて,今年度は「化学」の教科書について,9項目の用語等および法則名を対象として追跡調査を行いました。

【調査方法と結果のまとめ方】
調査方法と結果の概要を表1に示します。
参考までに前回の調査結果も併記しました。
5社から刊行されている「化学」の教科書全7冊について,本文の記述に提案がどの程度反映されているか(対応状況)を調べた。対応状況は次の3つに分類し,それぞれの冊数を表にまとめました。

○: 提案された用語等が本文で使用されるなど,提案がほぼ反映されているもの
△: 本文には反映されていないが,カッコ内や注釈に提案された用語等が使用されるなど,提案の趣旨が部分的に反映されているもの
×: 今回の改訂では提案が反映されていないもの

比較のために前回の調査5)での対応状況(○の数のみ)も示しました。たとえば表の番号5では,提案通りに本文で「遷移状態」が用いられている教科書が前回は1冊だったのに対して,今回は,7冊とも「遷移状態」を用いているということです。調査した用語等について7冊全体の対応状況の概要を以下に示し,個別に事情を概説します。

表 1 日本化学会の提案に対する高等学校教科書「化学」の対応状況のまとめ。変更(または不使用)を提案する用語・法則名など
  ○:(ほぼ)提案通り     △:提案が部分的に反映されている
  ×:提案が反映されていない
 * :前回(2018年,全部で8冊)の調査結果(○の数)5)

番号

項目

提案の概要

前回

×

1

沸点上昇度・凝固点降下度

用いない(沸点上昇・凝固点降下を用いて表す)

2

1

0

6

2

反応熱など

エンタルピー変化 ΔH で表す

0

7

0

0

3

熱化学方程式

将来は用いない方向に向かうべき

0

6

0

1

4

二酸化マンガン・酸化マンガン(IV)

両方の表記を認める

0

2

1

4

5

活性化状態

遷移状態

1

7

0

0

6

質量作用の法則

化学平衡の法則

1

7

0

0

7

両性元素

用いないa

6

7

0

0

8

アルデヒド基

ホルミル基

5

7

0

0

9

ケトン基

カルボニル基

8

7

0

0

a:「両性」は,両性を示す物質群に対する修飾語として用いる(「両性金属」「両性酸化物」など)



【用語等に対する提案の反映状況】
まず,次の4つの用語等では,前回の調査結果と異なり,ほとんどすべての教科書で提案が反映されていました。
「5.遷移状態」「6.化学平衡の法則」「7.両性元素は用いない」「8.ホルミル基」である。本会の提案が各教科書に反映されたと考えられます。
「2.反応熱などはエンタルピー変化ΔHで表す」「3.熱化学方程式という用語は用いない」は,値の正負が従来とは逆になり,現場への影響が大きいことが予想されたため,2016年の段階では「(中長期的な視点に立てば)」という慎重な姿勢で提案していました2)。ところが,2018年告示の学習指導要領6)ではこの部分が提案と同様の内容になったため,すべての教科書に提案がほぼ反映される結果になりました。加えて,反応熱より以前に学ぶ相転移に伴う熱(融解熱,凝縮熱など)についても,方向を明確にして記載されるようになっている。この分野についても国際標準*1に沿った教え方ができるようになったと言えます。
「9.ケトン基を用いず,カルボニル基を用いる」という提案は,前回の追跡調査でもすべての教科書に反映されていて,今回も同様でした。一方,「単にケトン基をカルボニル基で言い替えたかのように読める表現では『ケトンの>C=Oだけがカルボニル基である』と誤解される恐れがある」との指摘があり,用例を精査しました。その結果,7冊中6冊では本文または注でこの点にある程度配慮した記述になっていましたが,「アルデヒド,カルボン酸,エステルの>C=O もカルボニル基という」のように誤解の恐れのない記述を採用しているものは1冊だけでした。注意を喚起するとともに,引き続き追跡調査を行う必要があります。
「4.二酸化マンガン・酸化マンガン(IV)」は,中学校理科の教科書では酸化数について学んでいないため「二酸化マンガン」だけが用いられ,高校化学では,近年は「酸化マンガン(IV)」だけが用いられるという「ねじれ」が指摘されていました*2。化合物命名法8)では,無機化合物には酸化数を用いる命名法と組成を用いる命名法の両方が認められていてどちらの名称も正しいのですが,「酸化マンガン(IV)」しか教科書に記されていないと,指導する教員によっては「二酸化マンガンは間違い」という誤認識を生徒に定着させてしまう恐れがあります。現在は,本文中で両者が併記されているものは2冊だけですが,命名法の正しい理解にも関わる重要な事例であり,本文中で併記すべきです。
「沸点上昇度・凝固点降下度」は1冊を除いて引き続き使われています。沸点上昇・凝固点降下は単に現象を表すだけであり,その大きさには「~度」をつけるべきという考え方かも知れませんが,それなら同様に大きさを示す「モル沸点上昇・モル凝固点降下」に「~度」をつけないのは矛盾しています。「温度上昇度は○度」とは誰も言いません。「沸点上昇は○度」*3で理解できます。不必要に用語を増やすべきではなく,速やかに見直すべきす。

*1 たとえば,国際バカロレアの高校化学シラバス9a),国際化学オリンピック競技規則(付録C)9b)など。国内では化学教育カリキュラム構築小委員会が提案した高等学校化学教育カリキュラム9c)があります。
*2 以前は「二酸化マンガン」が用いられていました(坪村ら,「高等学校新選化学 新訂版」,1991年,啓林館など)。
*3 厳密に表現するとしても,「沸点上昇の大きさは○度」で十分と考えます。「沸点上昇」「凝固点降下」「モル沸点上昇」「モル凝固点降下」は学術用語集10)に採録されています。「沸点上昇度」「凝固点降下度」が採録されていないのは,必要ないからと考えられます。


【おわりに】
「化学」で用いられている用語等に関する本会の2016年の提案2)への各教科書の対応は,提案が新しい学習指導要領に採用されたこともあり,前回の調査時よりも確実に前進した。この提案が全体として現場でも受け入れられていることが改めて確認できた。
また,一連の提案1~3)から約7年が経過し,取り上げた用語等の他にも改善の余地のありそうな用語等が,化学および化学教育に携わる関係者から指摘されており,一部は本小委員会で実態調査を始めた。これらについては,現在の教科書で学ぶ世代を教育する立場にある先生方を中心として,再編成された委員会によって検討されることが期待される。


1) a)化学と工業 201568,363; b)化学と教育 201563,204.
2) a)化学と工業 201669,244; b)化学と教育 201664,92.
3) a)化学と工業 201770,1113; b)化学と教育 201765,596.
4) a)化学と工業 201871,32; b)化学と教育 201866,40.
5) a)化学と工業 201972,34; b)化学と教育 201967,38.
6) 文部科学省,「高等学校学習指導要領(平成30 年告示)解説 理科編 理数編」,2018https://www.mext.go.jp/(2024年2月現在).
7) 化学と工業 202376,500; 化学と教育 202371,306.
8) 日本化学会命名法専門委員会編,化合物命名法―IUPAC勧告に準拠―第2版,2016,東京化学同人.
9) a)International Baccalaureate Organization,2023, https://www.ibo.org/programmes/diploma-programme/curriculum/sciences/chemistry/(2024年2月現在); b)Regulations of the International Chemistry Olympiad(IChO), Appendix C, 2023, https://www.ichosc.org/regulations(2024 年2 月現在); c)化学教育カリキュラム構築小委員会,2021https://www.chemistry.or.jp/news/20210816-teigen.pdf(2024年2月現在).
10) 文部省,学術用語集化学編,増訂2版,南江堂,1976


化学用語検討小委員会委員(2023年度)
委員長  西原 寛(東京理科大学)
副委員長 伊藤眞人(創価大学)
委員   有賀哲也(京都大学)
井上正之(東京理科大学)
歌川晶子(元多摩大附聖ヶ丘高等学校)
小坂田耕太郎(東京工業大学)
梶山正明(筑波大学)
柄山正樹(元東洋大学)
久新荘一郎(群馬大学)
後藤顕一(東洋大学)
近藤輝幸(京都大学)
塩野 毅(広島大学)
下井 守(東京大学名誉教授)
杉村秀幸(青山学院大学)
渡辺 正(東京大学名誉教授)
渡部智博(立教新座中学高等学校)