日本化学会

閉じる

トップ>活動 >提言・報告書 >初等中等教育現場からの意見書」を文部科学大臣宛に提出

初等中等教育現場からの意見書」を文部科学大臣宛に提出

(2008. 11. 27 掲載)

本会化学教育協議会(議長:井上祥平)「初等中等教育現場からの意見書検討ワーキンググループ」[主査:歌川晶子]は、現行の初等中等理科・科学教育現場での問題点について検討を行い、下記意見書としてまとめ、11月27日付で文部科学大臣あてに中西宏幸会長名で提出しましたので、お知らせいたします。


初等中等教育現場からの意見書

2008年11月27日

文部科学大臣
塩谷 立 殿

社団法人日本化学会
会長  中西 宏幸

 日本化学会は化学教育協議会を傘下にもち、初等中等教育現場の教員およそ2000名の会員を擁し、産官学共同で化学教育に関しても様々な活動・提言を行っている。先頃、教育振興基本計画が策定されたが、そこにも示されているように、わが国の教育の現状は多くの困難を抱えている。かつて子どもたちの教育の場としての役割を担っていた家庭や地域社会の教育力が低下し、現在では学校が生徒のあらゆる面の教育を引き受けなければならなくなっている。しかし、学校がそれをすべてカバーすることは本質的に不可能なために、社会と教育の現場には乖離が生じ、学校に対する信頼感が薄れてしまった。一方、教育行政サイドは、学校教育への社会的不信感を教員管理で改善しようと努めている。このために、現場の教員は保護者や児童・生徒の様々な要求への対応と教育管理行政のために極度に疲弊し、子ども一人ひとりに向き合って十分に教育できる余裕も不足がちであり、矛盾を抱えすぎる場合には心の病に罹ってしまうこともある。不幸にして、そのような教員の割合は年を追って増えている現状である。
 日本化学会は、激変する社会の中で、教育の質を高め、日本の未来を担う子どもたちが創造的な理科教育・化学教育を受けることができるようにすることが必要であると考え、2006年8月に「教員の質の確保に向けた提言」を提出した。しかし、その後も、事態は改善されていない。
近代日本が国際社会でリーダーシップを取れるまでに経済的にも成長した主要因のひとつが、優れた理科教育であったことを思い起こし、課題を抱える今日の理科教育の改善のために、日本化学会として以下を要望する。
 なお、この意見書は本会化学教育協議会(議長 井上祥平)に設けた「初等中等教育現場からの意見書検討ワーキンググループ」(主査 歌川晶子、他8名)を中心に検討した結果をまとめたものである。

1 理科の授業の質を高める環境を整える

ア 理科の時間数を増やす
 理科は、人間の有する様々な感覚器官を用いて、「現象をよく観察し、目に見えないものを含めて想像し、論理的に理解する」というすべての学問の基本となる論理的思考力と表現力を育み、生きる力を身につける教科である。情報があふれ、技術が細分化され、新しいものが次々に現れ、それへの対応を避けては通れない現代社会において、基本的であり、かつ実技的要素を含む理科という教科こそ、すべての児童・生徒に必要なものである。
 平成24年度から実施される新しい学習指導要領では、中学校の理科の時間が3割程度増えることは評価できるが、それでも、昭和55年度までの水準に戻っただけであり、高等学校では実質増えてはいない。
 したがって、「総合的な学習の時間」を理科に振り向けるなどして、初等中等教育における理科の時間数を、可能な限り増やすことが必要である。

イ 理科教員を増やす
 理科は、観察や実験を中心に自然に対する関心や探究心を高め、科学的に探究する能力と態度を育てる実習教科である。観察・実験には繰り返し予備実験を行うなど十分な時間をかけた準備が必要である。また、観察・実験では、結果をまとめ自分なりの考察を加えたレポートを作成させることで、論理的思考力や表現力の育成の目的が達成される。そのために、授業後には、提出されたレポートを添削することも重要である。さらに、理科の実験では、基本的な操作でも十分な指導体制なくしては危険を伴うため、安全・安心な教育環境が保証されていなければならない。これらの課題を解決するには、少人数授業またはチームティーチングが必要であり、新指導要領実施に伴う時間数増加も踏まえて可能な限り、理科教員の増員が望まれる。

 形式的な仕事を減らす
 質の高い理科の授業を生み出すためには、日々の授業の中で生徒の変化を感じながら次の授業に向けての対応を考えることができる余裕が必要である。また、最新の科学に関する情報をすばやく授業に取り入れる工夫と余裕も求められる。例えば、教員が研修会等にゆとりを持って参加できると、教育への意欲が高まり、教育内容の質的改善にも有効である。
 しかし現在では、教育改善のためということではあるが、義務付けられている研修への参加時間、あるいは授業計画書や研修報告書などを作成するための事務量が、十年前に比べて際立って増大している。このように過度に忙しい教育環境では、個々の教員の努力で教育改善に求められる余裕を生み出すのは難しい。したがって、現状のままでは質の高い授業を生み出すことは到底困難であり、生徒達をよりよく伸ばす教育を推進できない。
 教科指導以外の形式的ともいえる仕事を抜本的に減らし、教育の現場に余裕を与えて教育の質を改善する道をとるべきである。

 

2 教員免許更新制について

 現在、教育委員会独自の研修、教科研究団体の研修や研究発表会、10年経験者研修(10年研修)などがあり、それらは円滑に運営されている。さらに、 ほとんどの教員は、毎日、目の前の生徒と向き合い授業を改善するための努力をしている。しかし、免許更新制が導入されてからは、 これまで自主的に積み重ねた研鑽がほとんど評価されず、更新講習合格のみが教員としての適性の判断基準となっている。実質的な教育力の向上を図るうえで、 このような状況は改善されなければならない。免許更新制度は、そのものの必要性を含めて今一度十分に検討すべきと考えているが、免許更新制度が実施されるにあたり、 児童・生徒に不利益にならず、教員の貴重な時間と労力、および費用が無駄にならないようにするために、次のことを提言する。

ア 免許状更新講習免除の範囲の拡張
 免許状更新講習の内容として示されている(1)教育の最新事情に関する事項(12時間)(2)教科指導、生徒指導その他教育内容の充実に関する事項(18時間)は、現在、同じような内容で充実した研修会、研究会が現場に定着しており、熱心に参加し教育力向上を図っている教員も多く、その成果は教育界ではしられたところである。定評のあるこれらの研修会等も公式な免許状更新講習とみなし、これらへの参加者は免許状更新講習免除とすべきである。
 更には、校外の児童・生徒に対する実験教室の開講や、教員に対する研修会の講師経験、自己研鑽の成果を研究団体等の研究発表会で発表することなども免許状更新講習の免除対象に値する。

イ 教育現場に歪を生じない魅力的な講習の設定
 免許状更新講習は、生徒との教育上のコンタクトを保ちやすい教育現場にて実施すべきである。やむをえず、教育現場の学校ではないところで講習が実施される場合には、以下のような点を考慮すべきである。

1)現場に役立つ魅力的な講習の保証
 教員は、生徒への負担を軽減するよう職場内での様々な調整をして初めて講習に出席することになる。そのため、講習の内容はそれらの対処に値するような魅力的なもので、将来の教育力向上に資するものでなければならない。このような優れた講習を実現するために、講習を開設する機関は、現場との深い連携をはかり、現場のニーズを熟知したうえで内容を精査し、実施すべきである。

2)受講者の希望に添った講習プログラムの設定
今年度の予備講習の状況では、対象者数にくらべて講座の定員が極端に少なかったために、抽選によって受講者を決定したとのことである。本格実施の際には、このようなことが起こらないように、十分なる準備をした上で実施し、希望者全員の受講を保証すべきである。
 また、現在、長期休業期間(夏休みなど)における現場では、生徒や保護者との面談をはじめ、講習、臨海教室、合宿、部活動の指導や文化祭等の行事指導など、生徒の精神的成長にも資する重要な指導が目白押しである。長期休業期間内であっても、受講のための十分な時間が容易に確保できるわけではない。もし免許状更新講習がこの期間にのみ限定されると、上述の教育指導ができず、学校運営に大きな支障をきたす。したがって、教員個々が個々の学校運営に支障が少ない時期を選んで受講できるように、年間を通して免許状更新講習が実施されることが必須である。

3)受講対象区分の緩和
 前述のように教育の現場では、状況が個々の学校によって異なり、かつ生徒への教育上の欠損は取り返しがつかないことであるため、現場の教員は種々の事情を考慮のうえ講習の受講時期を選ばねばならない。そのためには、修了確認期限前2年間に限られている更新講習を弾力的に運用し、期限を緩和すべきである。

3 提言

日本の未来を担う子どもたちが創造的な理科教育・化学教育を受けることができ、初等中等教育現場の教員が余裕とともに子ども一人ひとりと向き合い、日々研鑽できる学校環境づくりを実現するため、早急に実現を図るべき提言をここにまとめる。

  1. 理科の時間数を増やすこと。
  2. 理科教員を増やすこと。
  3. 形式的な仕事を減らすこと。
  4. 教員免許更新制度を抜本的に見直すこと。
  5. 現場教員の意志を尊重すること。

以上